季節を表す「二十四節気(にじゅうしせっき)」とは? 北海道の季節感とうまく重なるもの?

二十四節気-チャート図

昨日(2026/02/04)は「立春」でした。

よく「今日は立春。暦の上では春を迎えました」と使われますね。立春に解説が付くときは「二十四節気(にじゅうしせっき)のひとつ」と紹介されます。

ところで「暦の上では春」とはどんな意味? 「二十四節気」って何?

二十四節気は「季節早見表」のような〝暦(こよみ)〟

取り急ぎ今回の記事の場合、「暦」は「こよみ」と読むほうがしっくり来ると思います。ちょっとだけ〝風流〟を感じつつ。

二十四節気とは、1年を春夏秋冬の4つの季節に分け、さらに各季節を6分割した「24の季節」に名前を付けて表したもの。いわば「季節早見表」とでも言えそうです。

二十四節気-チャート図

4つの季節「春夏秋冬」をさらに6分割し、それぞれに名前を付けたのが「二十四節気」。名づけられたそれぞれの〝季節〟を「節気(せっき)」と言います。
図中「1月・2月・3月…」の月名は、新暦(現代のカレンダー)の月です。

分割され名づけられた24の季節は「節気(せっき)」と言い、それぞれ約15日間とされています。

MEMO

国立国会図書館「二十四節気(にじゅうしせっき)/日本の暦」
https://www.ndl.go.jp/koyomi/chapter3/s7.html

そういう意味で二十四節気とは、ピンポイントで特定の月日を表す「カレンダー」というよりは、「季節」つまり「気候の移り変わり」を知るための〝季節のこよみ〟ですね。

事実、古来から日本では、二十四節気をさらに細分化(3分割)して識別する「七十二候(しちじゅうにこう)」を用いて「農業(農作業開始)の目安としてきた」と言います。

七十二候についても、いずれ取り上げてみたいと考えています。

MEMO

ウィキペディア「七十二候」
https://ja.wikipedia.org/wiki/七十二候

余談になりますが、二十四節気の「気」と七十二候の「候」を合わせてできた言葉が「気候」なのだそうです。「気と候が変わってしまう状況」と考えれば、「気候変動」という言葉の解像度、ちょっと上がるように思いませんか?

そして、個人的には〝ここが最も重要なポイント〟と感じているのが、二十四節気は「太陽の動きに基づいて設定されている」=「ほぼ太陽暦」というところ。今回はそこに注目したのでした。

太陽の軌道から「季節」を定めた二十四節気は現代のカレンダーと重ね合わせやすく、親しみやすいのではないかと思います。

二十四節気は、ほぼ「太陽暦」といえます

「太陽の動きに基づく」ということは、二十四節気は現代の暦「カレンダー(太陽暦)とほぼ同じ」と受け止めることができます。

ちなみに、二十四節気による1年のスタートは「立春」とされています。そうと知ると、何やら気持ちが改まるから不思議ですね!

また、いわゆる「旧正月」は立春の後に続く「雨水(うすい)」直前に元旦を迎えるそうです。今年(2026年)の場合は「2026/02/17」とのこと。雨水は「2026/02/19」から始まります。

江戸時代まで〝公式の暦〟だった「旧暦」を、二十四節気は実用面で補完していた?

なぜ「二十四節気=ほぼ太陽暦」という点が重要と感じたかというと…

それは、明治時代初頭まで用いられていたいわゆる「旧暦」は、月の満ち欠けをベースに「1ヵ月」を定めていたことに拠ります。

旧暦は、正確には「月の満ち欠けと太陽の動きを組み合わせた暦」でした。

月の満ち欠け-太陰暦と月の和名図

「旧暦」のベースとされた「月の満ち欠け」に基づく暦(太陰暦)の図。
本題とは別ですが、月に名前を付けるところやその名称に「和のこころ」「風流」を感じます。

この暦が〝公式/正式〟だった時代、その暦より「太陽の動きをベースにした二十四節気(=ほぼ太陽暦)のほうが便利だよね!」と、先人たちは「とっくに気づいていたようだ」という点に、何か〝感銘〟を受けたからなのでした。

月の満ち欠けの周期は約29.5日。そのため、旧暦では1年を354日としていたそうです。

しかしそれでは、実際の季節=太陽の動きと暦との間にズレが生じてしまいます。

そこで、あくまで「月の満ち欠け(太陰)」をベースとしながらも、「太陽の動き(太陽暦)に近づける」形で、実際の季節とのズレを調節していたとのことです。

調節方法としては、二十四節気を基準として、旧暦の3年に一度(または19年で7回)「うるう月を挿入していた」とのこと。つまり、3年に1度は「1年が13ヵ月の年がある」というスタイルでした。

このスタイル、旧暦のことを「太陰太陽暦」というそうです。なるほど!

春分、秋分を観測して行う〝調節の仕組み〟は非常に興味深いのですが、そのあたりはまた別の機会に。

実際の季節と暦がズレやすい「旧暦」は、何かと不都合が多かった?

暦と実際の季節がズレることで不都合が生じる場面を想像すると、真っ先に思い浮かぶのは「農業」でしょう。また、農業などと深く結びついた「神事」や「祭礼(お祭り)」の日取りを決めるにも、何かと不便があったのではないでしょうか。

もっとも、農民や一般庶民は、現代のように「カレンダーで月日を確認しながら生活するスタイルではなかった」と言います。

では、どうやって季節を知り、農作業開始のタイミングを決めていたのでしょうか?

そこで登場するのが「二十四節気(にじゅうしせっき)」そして「七十二候(しちじゅうにこう)」とのことです。

は〜、二十四節気登場まで長かったw

とはいえ二十四節気は「太陽の動きに基づいている」ものの、設定に幅(期間/日数)があることに加え、地球の自転や公転周期の(ブレ、揺らぎの)せいで、いずれ「数日程度のズレは生じてしまう仕組み」です。しかし、旧暦(月の満ち欠けベース)に比べれば、はるかに暦と実際の季節のズレ、不都合は生じにくいでしょう。

それに、二十四節気を基準とすることによって実際の季節と暦のズレ修正(うるう月を年の途中に設けることなど)を容易に(導入しやすく)していたわけです。

その結果二十四節気は、ほぼ現代のカレンダーのように活用しやすい/実用的な〝こよみ〟と認識されていたのであろうと推測しています。

もしこの推測通りだとしたら、そこかしこに「先人の知恵」を感じずにいられません。また、季節の移り変わりを敏感に感じ取りながら暮らしを営んだ「生活感覚」や「感性の豊かさ」に〝日本の誇り〟すら感じます。

ですが、「日本の誇り」とまで言ってしまうと、ちょっと大げさ過ぎるかもしれませんね!

二十四節気と北海道の季節感のこと

立春を迎えた2026/02/04、札幌は「プラス5度」と3月並みの気温となりました。

たまたま「春の訪れ」を感じさせる日になりましたが、実際のところはまだ2月初旬です。冬本番の真っ最中。「さっぽろ雪まつり」も開催を迎えるタイミングです。

「立春」と聞いてまず感じたことは、そうした「北海道の季節感とのマッチング具合」でした。

北海道における二十四節気の「春」は「約1ヵ月遅れ」という体感

正直なところ、二十四節気上の「春」に関しては特に、「ピンと来ない部分が多い」と感じます。

二十四節気で示された「季節感」と北海道の実際の季節とは、およそ1ヵ月程度のズレがあるように感じます。しかし、気候変動のためなのか「よりマッチする方向にズレているかも?」と感じる場面は増えているようにも感じます。

北海道や東北などの北国・雪国では、未だ雪が降りしきる冬本番の最中に「立春」を迎えるわけですが、それでも、立春から幾日か経つ頃には「陽射しの力強さが戻って来た」と感じ始めます

そしてその頃には、日の出時刻はずいぶんと早まっていますし、日没時刻もどんどん後ろへ伸びています。

そこに気づいて初めて、「ようやく春が来るのだな」と感じるものです。

そう思えばやはり、「立春」は「立春」なのかもしれませんね!